
坂詰美紗子のラブストーリー「一生分のワンシーン」 第一回
「これ可愛い!どこの?」はデートでのお決まりのセリフだった。
彼の身につけているアイテムはどれも品質やセンスの良いものばかりで、今日着てきた黒色のコーチジャケットの襟下にもさり気ない刺繍が施されてある。
「あ、いいよ、いいよ! かけるよ!」とコーチジャケットを受け取りハンガーにかけようとした時、ビビビ!と鳴ってしまった第六感センサー。
ーもしかすると、この始まったばかりの幸せはそう長くは続かないのかもしれないー
切ない予感が私にゆっくりとジャケットをハンガーにかけさせた。
その日の晩、私がいつもどんな風に歌詞を書いているのか?と彼は尋ねてきた。
内心、楽曲の作り方なんて興味がないと思っていたので、嬉しさで声色は弾む。
「あぁ、いつもね、スマホとかにメモったりしてる〜。こんな言葉いいな〜。とか、書いてみたいテーマとかさ〜。」とちょっぴり得意気な眼差しを送り、そんな私を彼はそっと抱き寄せ、深厚な物言いで「俺はそういうところが好きだなぁー。」と夢の中へと落ちていった。
インタビューではよく「坂詰さんは、詞先ですか?曲先ですか?」と聞かれる。
正直、どちらもあるけれど、私の場合は出来上がったメロディーに対して歌詞をブラッシュアップしながら書いていくことが多い。織りなされた旋律の抑揚を感じとり、そこにどのような言葉を紡いでいくかでメロディーの表情が決まるから、面白い。しかし、時折、少しの不都合を感じていた。旋律に言葉をのせているとどうしても制限されてしまう文字数。なんかこう、もっと自由な形で言葉の世界を表現出来たら良いのになぁ…。と。そんな中、連載の話がやってきた。
この連載で書きたいテーマはスマホにまとめるようにしている。さて、どんなストーリーを繰り広げていこうかな。書き溜めていたメモを読み返していると、コーチジャケットをハンガーにかけた時の気持ちが綴られていて、甘く切ない過去へと誘われた。
あの頃、彼は自分のことをメモされていたことに気づいていたのだろうか。
メモする私は今も変わらない。
変わってしまったのは、大好きだった気持ちと彼のジャケットをハンガーにかけられなくなってしまった私。
だけど、今、ここにあなたとの想い出をかけています。
一生分のワンシーンを。