
坂詰美紗子のラブストーリー「一生分のワンシーン」 第十回
「 Mes chaussures 」
私ったら、ロングスカートを履いてきてしまった 。
テーマパークの階段を上り下りするたび、スカートの裾を気にしてくれる。靴を脱いで滑り台で遊ぶと、下で靴を持って待っていてくれる。
彼はファッションの仕事をしていた。
私はChloéの靴を履いていた。
遊び疲れ、お茶をして帰ろうと入ったカフェ。ファッションの話で盛り上がる。
「これさー、今セールなの、来年も履けるかなー?」と悩んでいた靴の写真を見せる。
それは普段なら手が出ないけれど、セールであれば検討の余地あり的なご褒美シューズ。
昔から買い物は、流行より長く愛用出来るをモットーとしていて、衝動買いなしの慎重派。 だからアドバイスが欲しかった。
「流行りじゃないし、大丈夫じゃない?」
コーヒーを飲みながらニコリと微笑む彼の表情に、妙な空気が流れたのを私は見逃さなかった。
さっき滑り台の下でChloéのタグを見ていたのと同じ表情だ。
何かの記事で読んだことがある。 デートの際、ブランド物を身につけて行ってはならない。ブランド物を身につけて行くとお金のかかりそうな女に見えるので注意しましょう。
しまった!このパターンだ!と思ったが、完全に手遅れ。 またね!と手を振った、その日以降、私に名誉挽回?の機会は訪れなかった。
私が靴に少しだけ拘ってしまうのには理由がある。 昔からブランドの靴が好きだったわけじゃない。きっかけは昔、友達に言われた「今季、どこのブランドのブーツにする?クリスマス、旦那さんに買って貰うんだけど、迷ってて〜」という一言だ。
人生の地図を抱えながら悩んでいた当時の私には、靴のことを考える余裕なんてナシ。
毎日、もがきながら頑張る自分はこの先、欲しい靴も何もかも手に出来ないような気がして、彼女のことを羨ましく思った。
それ以来、私は欲しい靴を買える自分でありたいと頑張ってきた。
デートで靴のタグを見られたのなんて、多分、初めてだし、誤解もされたけど、あの日、お気に入りの靴を履いて出かけたことに後悔はしていない。
自分に合わないサイズの靴を履くと靴擦れしてしまうように、自分らしくいられない人と居ても、いつか心に絆創膏が必要になるだけ。
靴のタグじゃない。
目の前にいる私をしっかり見てくれる人に出会いたい。
玄関に置かれたChloéの靴を眺めながら、そんなことを願った。